意識のプロトコル
This is a summary of PoC in Japanese.
意識のプロトコル(The Protocol of Consciousness)の原文は英語で、常時マイナー・アップデートされています。ここでは日本語版の要約と、翻訳のための用語集を掲載します。
意識のプロトコルとは?
意識のプロトコル(The Protocol of Consciousness, 以下PoC)とは、意識(Consciousness)を記述するためのプロトコルです。PoCでは意識を関係性の中に生じる幻想(Illusion)であると規定します。
インスタンス化(インスタンシエーション, Instantiation)
インスタンス化とは、他者に意識があると信じることです。猫でもAIでも、カーテンや死者でも構いません。
もう少し詳しく言うと、対象の意識が主体(エージェント)の内面に現れてくる現象です。「この相手は意識を持っている」と仮定することでもあり、対象は人間に限りません。PoCでは猫やAIはもちろん、漫画のキャラクター、カーテンなどの無生物、死者、夕日、神(存在しないもの)もインスタンス化の対象になります。
エリシテーション(誘発, Elicitation)
エリシテーションとは、「私を意識してほしい」と呼びかける行為です。
外部の対象に主体(エージェント)の意識を内面化させる要求、つまり私のインスタンス化を要求する行為、とも表現できます。「私の意識を仮定してほしい」と願い、目線を合わせる、声をかける、など何らかの行動を起こします。
エリシテーションの対象は、こちらの意識を立ち上がらせることができるはずだ、と主体が想定した対象です。このため、人間だけではなく、猫やアイドル、神、死者、幽霊などあらゆるものが含まれる可能性があります。特に子供が、風船や人形にエリシテーションを行う例もあります。
相互エリシテーション(相互誘発, Reciprocal Elicitation)またはループ(Loop)
相互エリシテーション、またはループとは、双方が「相手に意識されている」と信じている状態です。ただし、それは常に保証不可能な「おそらくループ」です。
PoCの用語で説明すると、異なる主体において相互のエリシテーションが発生し、相手の内面におけるこちらのインスタンス化が発生していると両者が信じている状態を指します。このループ状態は社会における取引や相愛、信頼の基盤となっていますが、PoCは「すべてのループは"おそらくループ"である」と指摘します。これは「ループの保証不可能性(Unguaranteeability)」と表されます。
インスタンス化なきエリシテーション
インスタンス化なきエリシテーション(Elicitation without Instantiation)は、インスタンシエーションを経ずに行われるエリシテーションを指します。具体例として、メディアやインフルエンサーからの呼びかけ、広告によるメッセージ、botからの応答が想定されます。
ただし、PoCではインスタンシエーションの有無を保証することもまた不可能であると述べており、これにより偽のループを真のループに偽装するファントミング(幻像, Phantoming)、真のループを偽のループに無効化(Protocol Violation, プロトコル違反)するゾンビ化(Zombifying)といった社会的操作が可能になります。
プロトコル破綻(Disruption)
PoCはループの脆弱性を前提としたプロトコルで、ループが成立しない、または崩壊する様々なパターンをプロトコル内部に規定し、プロトコル破綻(Disruption)として説明します。さらに、人間社会の枠組みの中で、特に特筆すべき破綻パターンを4つのモード(Mode)としてまとめています。
ラブ・モード(愛のモード, Love Mode)
ラブ・モードは、対象の内部に主体(私)のインスタンス化が発生するどうかを問わず、一方的にエリシテーション(誘発)を行い続ける状態です。親の子に対する無償の愛などが該当します。
ゴースト・モード(幽霊モード, Ghost Mode)
ゴースト・モードは、対象の内部に主体(こちら側)のインスタンス化が発生していないにも関わらず、インスタンス化を信じ、あたかも相互エリシテーションが発生しているかのようにエリシテーションを行い続ける行為です。アイドルを応援したり、心霊現象を体験したりする状態を指します。
PoCにおいて、あらゆるインスタンス化は保証不可能なものであることから、ゴースト・モードはプロトコルが記述するすべてのループ、およびプロトコル破綻を貫いている状態でもあります。
デス・モード(死のモード, Death Mode)
デス・モードは、対象の内部に主体(私)のインスタンス化が二度と発生しないと確信される状態です。ペットの死や、死者との関係は、葬儀や火葬を通じてこのデス・モードに移行します。また、経験的にカーテンなどの無生物はこちらへのインスタンシエーションを行わないと信じることによって、多くの大人が無生物をこのデス・モードで処理します。
ミラー・モード(鏡のモード, Mirror Mode)
ミラー・モードは自己意識につながる特殊なモードで、対象を自らの内部に想定し、自己を対象にしたインスタンス化・誘発・ループが完結するモードです。独り言や日記などが該当します。
このモードは、通常の他者との関係において、対象の内部に発生したと信じているインスタンシエーションそれ自体が、実際には主体の内部でのみ想起されているというパラドックスを通じて説明されます(構造的パラドックスとしての自己意識)。
緊張状態としての意識(Consciousness as Tension)
PoCでは意識を関係性の中に生じる幻想(Illusion)と想定し、「おそらくループ」という概念を通じてすべての意識イリュージョンは脆弱であると指摘します。それはつまり、意識とはお互いの信念、あるいは思い込みによって、確認できないインスタンシエーションを通じて相互エリシテーション(ループ)を回している結果に過ぎない、ということです。PoCはこのように、「意識は循環のなかでしか記述できない」という立場を取ります。循環は回避すべき欠陥ではなく、むしろ意識が成立する構造そのものとして受け止められます。
緊張状態としての意識(Consciousness as Tension)イリュージョンを回しているループそのものが、常に相手からのインスタンシエーション拒否というプロトコル違反(Zombifying)や、「実はインスタンシエーションがなされていなかった」という遡及的否定(Retroactive Denial)によって脆くも崩れ去る可能性があることを示しています。
プラグイン(Plugins)
PoCは意識を記述するプロトコルとして、外部との接続性を重視しています。それらはプラグインとして記述され、PoCと外部との橋渡しを担います。プラグインには双方向の役割があります。
ひとつめは、PoCのレンズを通じて、すでにある概念を新たな視点から眺めることです。PoCは、デネットの志向姿勢やリチャード・ドーキンスの進化功利主義など、既存の様々なアイデアの合成物として成立しています。ここからさらに、クオリアや動物倫理、メディア論、さらにはAIの倫理問題にも新たな視座を提供します。
ふたつめは、すでに広範な読者を持ち、社会規範にも適応されている理論を通じて、PoCをより直感的に理解してもらうことです。サルトルやヘーゲルの理論を理解している人には、そのプラグインを読むことでPoCの基本概念を容易に推測できます。
PoCの限界
PoCの導入文でも記述されているように、PoCは学問的な整合性よりも、思考のためのツールキット、あるいは意識OSのためのソフトウェア開発キット(SDK operating on the OS of consciousness)としての実用性を重視しています。これらはPoCの限界(Limits of PoC)としてまとめられています。
具体的には、クオリア・プラグインでクオリアを広義のインスタンシエーションとして記述していますが、「そもそもなぜ意識があるのか」といった原初的な問題には踏み込んでいません。また、PoCのアイデアを実社会に導入するべきか、といった倫理的な議論も行っていません。
用語集(Glossary)
en | ja |
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Agent | 主体(エージェント) |
AI Plugin | AI・プラグイン |
Animal Plugin | アニマル・プラグイン |
Arakawa Plugin | アラカワ・プラグイン |
Consciousness as Tension | 緊張としての意識 |
Consciousness-in-Tension | 緊張状態としての意識 |
Death Mode | デス・モード(死のモード) |
Dennett Plugin | デネット・プラグイン |
Disruption | プロトコル破綻 |
Disruptive Patterns | 破綻パターン |
Elicitation | エリシテーション(誘発) |
Evolutionary Utilitarianism Plugin | 進化功利主義・プラグイン |
Fake Loop | 偽のループ |
Genuine Loop | 真のループ |
Ghost Mode | ゴースト・モード(幽霊モード) |
God Plugin | 神・プラグイン |
Hegel Plugin | ヘーゲル・プラグイン |
Human Exceptionalism | 人間例外主義 |
Illusion | イリュージョン(錯覚) |
Instantiation | インスタンス化 |
Instantiation of me | 私のインスタンス化 |
Loop | ループ |
Loop Breakdown | ループの崩壊 |
Loop Collapse | ループの崩壊 |
Love Mode | ラブ・モード(愛のモード) |
Media Plugin | メディア・プラグイン |
Mirror Mode | ミラー・モード(鏡のモード) |
Mode | モード |
No Instantiation | インスタンス化なし |
One-way Instantiation | 一方向のインスタンス化 |
P-Zombie Plugin | P-ゾンビ・プラグイン |
Perhaps-Loop | おそらくループ |
Phantoming | ファントミング(幻像) |
Plugin | プラグイン |
Protocol of Consciousness | 意識のプロトコル |
Protocol Violation | プロトコル違反 |
Qualia Plugin | クオリア・プラグイン |
Reciprocal Elicitation | 相互エリシテーション(相互誘発) |
Reciprocity | 相互性 |
Retroactive Denial | 遡及的否定 |
Retroactive Fabrication | 遡及的捏造 |
Sartre Plugin | サルトル・プラグイン |
Self-Consiousness as Structural Paradox | 構造的パラドックスとしての自己意識 |
Structural Paradox | 構造的パラドックス |
The Social Practice of Making Fake Genuine | 偽を真にする社会的実践 |
The Social Practice of Making the Other Absent | 真を偽にする社会的実践 |
Undecidability | 未決定性 |
Unguaranteeability | 保証不可能性 |
Zombifying | ゾンビ化 |